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| 世界で通用するビジネスパーソンを目指しMBAを取得。 現在はJPモルガンのロンドンオフィス(資産運用部門)に勤務。 |
| 1980年代後半、「日本経済が世界を牽引」という優越感にほだされていた時代 |
廣岡さんが国際基督教大学を卒業してトヨタ自動車に就職した1987年は、まさに日本経済が最盛期を誇っていた。いわゆる「バブル期」である。しかし仕事上、海外出張を重ねるうちに、日本経済の弱点を肌で感じるようになる。
「一番注目したのは、その当時の日本企業の人材育成でした。これは慣習的な事や組織における意思決定プロセスが背景にあるのですが、日本では大抵3、4年ごとに部門を異動して、様々な業務を平均的に経験していきます。つまり、 ジェネラリスト育成が主流です。しかし海外の企業は基本的にスペシャリストの集合体です。だから海外企業と取引をする場合、特に1対1の交渉では力の差が出てしまう。専門的な知識やスキルという点において、ジェネラリストではスペシャリストに太刀打ちできない場合が多いんですね。そのため海外企業と交渉する際には組織で当たる。もしくは1対1の交渉であれば、その場で採択することはなく、“帰国後検討しまして・・・”となる。当然、交渉には時間がかかるため、競合に追い抜かれるリスクが生じる。やはり、日本だけで通用するのではなく、世界のどこに行っても通用するビジネスパーソンにならなくてはと、強く思いましたね」
廣岡さんは、マーケティングのスペシャリストとなることを決意し転職を決める。
「マーケティングに興味を持ったのは、経営に近く、より事業というものを幅 広く掴めることが理由です。マーケティングとは簡単に言えば、商品やサービス、時には企業を売り込んでいく仕事です。実は大学時代からいつかは経営に直接携わり、将来的には事業を負う責務に就きたいという夢があるんですが、会社を全体的に見るということをマーケティングを通じて学び、将来につなげて行ければと考えました」
| 広告代理店でマーケティングを基礎から学ぶ |
トヨタ自動車を退職後は広告代理店に転職する。ここでマーケティングを基 礎から学ぶのだが、広告代理店はコミュニケーション重点。将来は経営者という 夢を考えると、もっと理論的にマーケティングを学ぶ必要があることを実感した。
「具体的にはMBAの取得を考え始めました。会社の休暇を利用してアメリカに 渡り、NYU、Dartmouth、 Boston University、 Harvard、MIT、 Stanfordなど の米国の大学院を視察したんですけど、とにかく施設のスケールに驚きましたね」 MBAならアメリカということで、アメリカの名だたる大学院を視察した廣岡さ んだったが、疑問も生まれた。
「結果的にはこの段階でのMBA留学は断念しました。一番大きな理由は授業料が高かったこと(笑)・・・。もちろん、授業料が高くても自分にとってそれ以上の成果が得られればいいのですが、アメリカのMBAプログラムを調べていくうちに、アメリカの経営手法が日本の経営手法に合わないのではないかと考えるようになったんです。今となっては地域差は小さくなってきましたが、 その当時アメリカでは、M&Aなど企業買収・合併を重ねて企業の成長を目指していました。その一方、日本では企業自らの力で事業を大きく成長させていくという考え方があり、利益の上げ方にしても、短期的に上げていくアメリカ企業に対し、日本の企業は中・長期的な視野で利益を上げていくことを考えていました。従って、どちらかといえば、長期的な視点に立った経営方針が主流であるヨーロッパの方が、日本に合致するのではないかと考えるようになりました」
広告代理店で数年間働いた後、今度は外資系銀行の個人金融本部に転職する。 ここではマーケティング部に配属され、責任者としてインターネットバンキングの立ち上げや新規顧客獲得業務に携わった。
「一度はMBAを断念しましたが、やはり日々の業務を通じて、さらなる経営的スキル・知識をレベルアップさせる必要性を痛感しました。例えば、財務の人と話をしていても、自分には専門的な知識が不足していることを思い知らされましたし。もちろんMBAが魔法の杖だとは思いませんでしたが、ビジネスの世界で自分が成長していくためには、MBAで学ぶさまざまな“道具”を習得する必要性を感じたんです。ところが留学するなら費用もさることながら、最低2年間実務から離れることを思うと、あと一歩踏み出せない、そんな状況でしたね」
| さらなる転職。そこで、MBAプログラム受講のチャンスが到来。 |
MBAの必要性を感じつつも、留学となると思い切って踏み出せない−そんな廣 岡さんに転機が訪れる。
「プライベートバンク立ち上げのために、それまで働いていた銀行を辞めて 当時のモルガン銀行(JPモルガン)に転職したんですが、転職して1年後に合併話が。このとき合併した相方の旧チェース銀行側に社内補助のMBAプログラムがあることを知ったんです。提携先はRoyal Holloway, University of London。現地に留学ではなく、仕事をしながら通信教育で学べることも大きなメリットでしたね。通信であれば学んだことをすぐ実践に生かせるのも魅力でしたし。早速当時の上司に希望を伝えました」
願ってもないチャンス。無事に社内面接もパスしたものの、入学に必要なGMAT のスコアをクリアするために集中講座を受けるなど、あわただしい日々を過ご す。そしてみごと合格。
「上司からは時間の使い方に気を付けるようアドバイスをもらいました。仕事 とプログラムと余暇の時間を、計画的に使い分けることがMBAを通信で受ける際 のコツです。実際、仕事をしながら勉強を続けるのは大変なことで、仮に一日、 勉強する時間を逃してしまうと、翌日にその分の学習量が加算されてしまいます」
プログラムの受講期間は2年と半年。毎日最低2時間は勉強した。テキストや さまざまな情報を読みあさり、レポートを書き上げる作業の繰り返しだ。
「プログラムは、ビジネスにおける業務として、マーケティングやオペレーション、経営戦略について、経理と財務、マネージメントと人材開発の4つのモジュールを2年間で重点的に学び、最後の半年で研究論文を書き上げました。モジュールごとに3つのレポートがあり、またそれ以外にも自分でテーマを選びレポートを一つ書きます。勉強の進め方はMBAプログラムの初めに渡されたスケジュールに基づいて、毎日仕事が終わってからそれを淡々とこなしていきました。また半年に一度、ニューヨークや香港などの都市に集合して1週間缶詰状態で講義を受けたり、3時間の試験を受けたりと、本当に忙しかったですね。とにかくストイックに、自己管理を厳しく、原子時計のように忠実にスケジュールをこなしていく日々。MBAを取得したときには、取得の喜びよりも、達成感と苦労を乗り越えて得た自信の方が大きかったくらいです」
| MBAで得た自信と、常に挑戦する気持ち |
2004年7月、卒業式はロンドン郊外のキャンパスで。両親と妻、息子に祝福さ れながら歓喜のひとときを味わった。そして、そこからまた新たな挑戦が始まっ た。ロンドンオフィス(欧州地域の投信部門)への異動だ。
「海外への異動希望は数年前にも1度出していましたが、本格的にその意志が固まったのは、プログラムの終盤の2004年2月、集中講座で1週間バルセロナに滞在したときです。滞在中に当地に在住する自分の元部下や親戚に合う機会があったのですが、居心地のよい日本の生活を離れてそれぞれの目標に邁進している姿を見たとき、以前の気持ちが蘇ってきたんです。以前というのはちょうどトヨタ自動車を辞めた頃。まずはスペシャリストとなって世界で通用する人間になるんだと心に決めたときのことです。常に挑戦し続けていく、そのモチベーションを再確認しました」
外資の場合、社内異動といっても転職と同じだ。ロンドンオフィスとの面接や交渉を重ねた末に異動が決まり、大学院卒業後の10月からロンドンでの新生活がスタートする。英国と大陸欧州各国の市場調査・マーケティング戦略が廣岡さんの担当だ。
「異動の希望が叶ったのは、これまでの実績評価もさることながら、やはり MBAで得た自信−日本人であっても海外でやっていけるという自信が面接を通じ てしっかりと伝わったからだと思います」
マーケティングのスペシャリストとなって、世界のどこでも通用する人間にな りたい−その一念から自信を奮起させ、さまざまな挑戦に果敢に挑み、それをク リアしてきた廣岡さん。
最後に今後の動向と展望を聞いてみた。
「英国での任期は3年間です。でも、その後帰国するのか、英国にとどまるのか、または別の国に行くかは正直そのときになってみないとわかりません。ですから今は、長期的な視野に立って、次の目標達成に必要な行動が何かを判断し、ひとつひとつ実行しています」
廣岡さんが抱く長期的な目標は、「顧客、従業員と株主の利益をバランス良く 追求する事業を構築し、その成長を目指す責務に就く」こと。ただし、それさえも「ゴール」ではないという。
「事業の責任者になることがゴールではありません。もし責任者となった場合も、その後どのように事業を成長させていくのかが重要ですから。必要なのは、目標に向かって進みつづける信念とそれを行動に移す実行力、そしてそれを支えつづけるエネルギーです。そしてどんな立場に立っても、そこはゴールではなく、常に次のステップへ移るための通過点であると認識することです。また忘れてはいけないこととして、お世話になった方、いろいろと支えて下さっている方々への感謝の気持ちを、つねに持ち続けることも大切ですね」
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廣岡敏行(ヒロオカトシユキ)さん 外資系銀行ロンドンオフィス勤務 |
留学先:
Royal Holloway, University of London
プログラム名:
MBA in International Management by Distance Learning
1987/3
国際基督教大学教養学部を卒業。卒業論文は「企業の社会的責任」。若気の至りからか、いつかはCEOをやってみたと、漠然と思う。卒業後、トヨタ自動車株式会社に就職。
1991
マーケティングのスペシャリストとなるため、トヨタを退社。広告代理店に転職。世界のどこでも通用するビジネスパーソンを目指すため、MBA取得を検討。 休暇を利用して米国の大学院を視察するものの、職を離れるリスクとコスト面から断念 。
1997
外資系銀行の個人金融本部に転職。マーケティング部で、インターネットバンキ ングや新規顧客獲得業務に携わる。
2000
旧モルガン銀行のプライベートバンク(PB)事業立ち上げのために転職。最初の一年で一つのプロジェクトを担当し、事業に貢献。
2001
旧チェース銀行との合併により、日本におけるPB事業は打ち切りに。資産運用部門へ異動。チェース側に社内補助のあるMBAプログラム(提携校:Royal Holloway, University of London)が存在することが判明。
2001/9〜2004/3
仕事とプログラムを両立する日々。超が付くほど規律正しい生活で、毎日最低2 時間の学習をこなす。ハードな毎日を送る。
2004/7
MBAの卒業式。同時にロンドンオフィス(JPモルガン欧州地域の資産運用部門)への異動が決まる 。
2004/10〜
ロンドンオフィスで勤務。英国及び大陸欧州各国の市場調査・マーケティング戦 略を担当。MBAで学んだ手法を「道具」として駆使し、英国および大陸欧州の市 場調査および戦略立案を各国のマーケティング・マネージャーと連携しながら行う。





