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| 日本の商社に数年間勤務した後、ビジネスパーソンとしての価値を高めるため、英国へMBA留学。帰国後の現在は国内自動車メーカーに入社。2005年5月からは、南アフリカにおけるマーケティング業務に就く。 |
| 漠然と抱いた起業家としての未来 |
小林さんが、まだ日本の大学に在籍していた頃のことだ。
「大学時代には、自分が60歳、70歳になった頃のことを想像して、じゃあ今は何をやるべきなんだろうってよく考えていましたね」
大学では文学部英米文学を専攻していた。とは言っても、それほど英米の文学に傾倒していたわけではない。むしろ興味は“英語”にあった。大学3年生の時には1カ月間の英国語学留学を経験、大学のゼミでも英語学を選ぶなど、とにかく「大学卒業後は、英語を使って海外と仕事がしたい」とこの頃から思っていた。さらにその先のビジョンとしてあったのは、起業家になること。
「父親をはじめ、親戚一同が自営業を営んでいて、自分でも漠然と、ゆくゆくは商売を興してみたいと思っています」
最終的に起業するにしても、まずはビジネスというものがどういうものなのか学び、しっかりと経験し、自分のスキルを磨いていこうと考え、1997年の大学卒業後は商社へ入社。担当したのは半導体業界へ精密部品を販売する営業業務だった。着実に仕事をこなし、3年後には東アジア、東南アジア、東日本の窓口業務と統括職を任されるようになった。順風満帆の日々。しかし、頭の中には不安もあった。
「体系的にビジネスを勉強したことがない、そのバックボーンがないという不安を感じていました。例えばメーカーの人たちと取り引きするにしても、製品の技術的なことや製造原価について学んだことのない自分には、なかなかメーカー側の立場でものを考えることができない。他にも管理会計、ファイナンス、人事制度など、ビジネスを全体的に捉えるために必要な知識やスキルが当時の自分には欠けていたんです」
“知識やスキルを包括的に身に付けておく必要性”を小林さんが感じ始めたのは、実は入社1年目のことだった。
「日本最大手の証券会社が倒産したんです。もちろんバブルの崩壊で日本の経済が急速に冷え込み、そのあおりを受けて多くの企業が倒産に追い込まれた時期でしたが、あれほどの大企業でもつぶれることがあるのだと。“個”のビジネスパーソンとして、いかに自分の価値を高めていくのか、その必要性を社会人1年目で知りました。そして実際の仕事を通じてそれを自分への危機感として感じるようになっていきました」
| 英国でビジネスを学ぶ |
「どんな国に行っても、どんな企業にいても自分の能力を十分に発揮できる、そんなビジネスパーソンになりたい」―小林さんは商社を退職し留学することを決意。
「1年目に準備コースに通ってMBAで学ぶための準備を行い、2年目にMBAを学ぶ、それが当初からの留学計画でした」
では、英国を選んだ理由は何だったのだろう。
「まず大学時代に語学留学を経験していたこと。当時はホームステイでしたけど、英国の生活習慣、文化や雰囲気が気に入っていたことですね。ただそれだけが理由ではありません。一番はなんといっても、1年間でMBAを取得できることです。確かにアメリカでもMBAを学ぶことはできますが、アメリカの場合は取得までに2年間かかります。私の場合は留学期間を2年間と決めていたこともあり、最初の1年間で英国での生活に慣れながら準備をすすめ、その間に実際に自分の足でビジネススクールを回り、担当者に話を聞き、自分に合った学校はどこなのかじっくりと選ぶという方法がベストだと思いました」
渡英前は仕事で使う以外にも独学でTOEFLのスコアアップのための勉強をしたり英会話の学校に通いながら、英語力に磨きをかけた。また、MBAについてはそれまで漠然とした知識しか持っていなかったという小林さんは、書店に並ぶ入門書を読みあさり、MBA留学へ向けて着々と準備を重ねた。
| 郊外にある少人数の大学院でMBAを学ぶ |
ロンドンにあるUniversity of London, School of Oriental and African Studies (SOAS)にて、1年間の準備。ここでは基礎のビジネス学やヨーロッパ哲学、宗教、歴史を学びながら、論文の書き方などを身に付けた。
「最終的にLancaster Universityを選んだのですが、これは実際に大学院に足を運んでみて決めました。ロンドンなどの都会とは違い郊外にある大学院ですが、その分、生徒数も75人くらいと少なく、アットホームな雰囲気で勉強に専念できる環境が魅力です。大学院選びに際してはSOASでの進学サポートを受けたのですが、進学担当者も当時の私の講師も口を揃えてLancaster Universityの教育の質の高さを評価していました。私も大学院のプログラムマネージャーと話をしてみて、“ここなら!”と出願を決めました」
MBAプログラムでは、講義を受けたりグループワークをこなしたりと、忙しい学生生活を送った。
「経理やファイナンス、マーケティングの手法、HRM (Human Resource Management=人的資源管理)など、ビジネスにおける“ひと・もの・かね”の知識を一通り学びましたが、特にリーダーシップやチェンジマネジメントに興味を持ちました。チェンジマネジメントとは、例えば組織改正の時などの局面において、リーダーはいかに動くべきか、いかに人を動かしていかなくてはならないかといった管理手法ですが、将来的に自分が起業した場合を考えてみても、このような知識やスキルを身に付けられたのは、MBAプログラムを学んだ大きな収穫だったと思います。また、プログラムを通じて得た知識やスキルのすべてを、実際のビジネスの現場で適応できるかと言われれば、100パーセントそうだとは思いませんが、さまざまな引き出しを持てたことはそれだけで充分、財産となったと思います。さらに多国籍な面々とグループワークを行い論文やプレゼンテーションを仕上げていく過程で、論理的思考が身に付けられ、いかなる人ともねばり強く物事を成し遂げる経験を持てたことは、実際のビジネスの現場でも大きな糧となっています」
| MBAで得たノウハウを生かし、世界を舞台に…… |
2年間の英国留学を経て帰国後は、自動車メーカーの海外(南アフリカ)マーケティング部門に入社した。
「2003年10月に帰国したので、就職活動期間は実質、同年11、12月の2カ月間でした。インターネットを使って興味のある企業にアプライしたり、エージェントを介して転職先を探したりと短い期間でも精力的に動けたと思っています。現在の会社は自分から見つけてアプライしたのですが、入社の決め手はおそらく、英語力と、留学で得た論理的思考力が評価されたからだと思っています」
入社した自動車メーカーでは、子会社の事業管理、マーケティングサポート、ディーラーディベロップメントのサポートを行う。そして2005年5月からは南アフリカにおけるマーケティング業務に就いている。
「今やらなくてはならないことは何か、今しかできないことは何か―キャリアとは、その積み重ねです。今の仕事を精一杯やりながら、では次の一歩はどのように登っていくのか、それを絶えず考えること。大学時代に考えていた起業家という夢は、もちろん今でも持ち続けています。ビジネスモデルはまだ明確ではありませんが、いつの日かきっと実現したいですね」
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小林隆一(コバヤシリュウイチ)さん 自動車メーカーに勤務 |
留学先:
Lancaster University Management School
プログラム名:
MBA Programme
1997/3
大学の文学部英米文学専攻を卒業。
英米文学および英語学を専攻していた関係で、英語を使って海外と仕事がしたいと思い、商社へ入社。半導体業界へ精密部品を販売する営業を担当。
2000
東アジア、東南アジア、東日本の営業窓口と製品の営業統括職を任されて充実した日々を送る。しかし体系的にビジネスを勉強したい、より英語力に磨きをかけたいという思いからMBAの挑戦を決意。1年目に準備コース、2年目にMBAコースに行くプランを立てる。
2001/2
University of London, School of Oriental and African Studies (SOAS), Foundation Diploma for Postgraduate Studies (FDPS)合格。6月に会社を退社する。
2001/9〜2002/6
英国生活、英語の生活に慣れながら、International Business, European Society Studies, Academic Englishを学ぶ。ここでは基礎のビジネス学やヨーロッパ哲学、宗教、歴史を学びながら、論文の書き方などを勉強。MBAへの進学準備を本格的に行い、2001年12月、第一志望だったLancaster Universityからオファーをもらう。
2002/9〜2003/9
Lancaster University Management School MBAで学ぶ。
経理やファイナンス、マーケティング手法、HRMなどの「ひと・もの・かね」の知識をひととおり学ぶ。中でも、リーダーシップやチェンジマネジメントなどに興味を持つ。また、多国籍な面々とのグループワークから、論理的思考とともに粘り強く物事を成し遂げるためのノウハウを身に付ける。
2004/2
国内自動車メーカーの海外(南アフリカ)マーケティング部門に入社。子会社の事業管理、LCVのマーケティングサポート、ディーラーディベロップメントのサポートを行う。2005年5月からは南アフリカにおけるマーケティング業務を担当している。





