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国際舞台、国際環境で勝つ為のスキルを身につける為、イギリスへ留学

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最高の成果を為し遂げるために、ビジネス全体を把握したいと思った。
 ビジネスにおけるより幅広い知識を得るために英国に留学。 帰国後の現在、(株)デジタルフォレスト取締役副社長。

 手嶋さんが取締役を務める株式会社デジタルフォレストのウェブページを開くと、真っ先に飛び込んでくるメッセージ

 『マーケティングマネジメントの領域に科学的手法による定量的な分析・評価に基づき、戦略的立案支援を提供する……』

 −−それはマーケティングROIと呼ばれるもので、同社は独自の観点と手法を持って、まだ日本では珍しいこのサービスを幅広く展開している。

 「分かりますか? 少し難しいかもしれませんけど」そう言って手嶋さんは説明を加えてくれた。

 「わかりやすい例で言えば、テレビコマーシャル。コマーシャルは主に各社が商品を紹介するために利用されていますけど、果たしてどれくらいの効果があるのか、正確に掴むことは難しいですよね?仮に視聴率の良い番組の協賛になってCMを流すとする。商品が売れる。でもそれだけでCM単体の効果を計ることは難しいですよね。商品を買った人はテレビCM以外の、例えば紙媒体の広告を目にして購入した可能性もあるし、店舗で偶然目にして買った可能性もある。知り合いから教えてもらって買う可能性だってあるわけですから。そうすると、CMにそれだけの予算を使って本当に効果があるのか分からないですよね。今のはほんの一例ですけど、このようにマーケティングを展開する場合、どれだけのことをすればどれだけ売れるのか、それをきちんと分析して評価すること、そしてその結果から最も効率的な戦略を立案することが大切だと思うんです。私たちはインターネット環境の中で同様の分析・立案を極めて客観的な観点に立って提供しているわけです」

 まさに目からウロコの話。と同時に、いかに経済に疎いものであっても、そのようなシステムを構築するためには非常に高度な専門知識やスキルはもちろんのこと、並々ならぬ根気が必要だと想像できる。

 「いったんプロジェクトに関わり出すと、本当に仕事中心の生活になりますね。休暇は返上して、ほとんど寝なくても平気ですし。その中で自分がどれくらいのことをできるのか、挑戦している感じです。そうしてプロジェクトが完了すると、また次のプロジェクトへ。ずっとその繰り返しです。大変なことも多いですけど、だからからこそ愉しめる。そうじゃないですか?」

 そこまで仕事に没頭する、そのモチベーションはどこから生まれているのだろうか。そのことを質問すると、意外な答えが返ってきた。

 「自分が選んだ仕事だからです」

ひとつのことに、徹底的に熱中する性分

 手嶋さんがコンサルタントの仕事を始めたのは、日本の大学を卒業してすぐ。1980年代終わりの当時、今に比べ日本の景気はとても良かった。コンサルタントの仕事を選んだ理由は、

「それほど深い理由はありません。ただ興味があって始めた感じです。でも仕事をやるうちに、仕事自体にのめり込むようになりまして。私の場合、昔からそうなんですよ」

 昔からというのは、学生時代のこと。福岡県に住んでいた手嶋さんが中学時代から熱中したのは陸上競技。ハードルの選手で、高校時代にはインターハイにも出場した経験もある。

 「不器用というか、複数のことを同時にこなしていくことができないというか。いったんやり出したら止まらないんです。自分の限界が見えるまでがんばっちゃうんですよね。友人たちと遊ぶ時間もないほど、とにかく練習に練習を重ねて。風邪を引いて熱が出ても走っていました(笑)。まさに陸上命でしたね」

 ひとつのことにひたすら没頭する性格。その性格には持続性も備わっている。中学時代に始めた陸上競技は大学時代まで続き、そして社会人になってからは仕事に熱中する日々。

 「結局、どんな仕事を任されるにしても、会社に属すという最初の選択を自身で下して始めたことですから、真剣に取り組むのは当たり前のことですよね。モチベーションが上がらなければ上がる環境に移ればいい。キャリアプランとかライフプランとかって、私の場合には特に無いんです。とにかく目の前のこと、今抱えていることに全力を尽くす。ただその経験の積み重ねから見えてくるものはありますよね」

 仕事一辺倒の手嶋さんが英国に留学したのは、社会に出てから5年ほど経ってから。理由は?

 「仕事をしながら感じたんですけど、もっと自分の知識とかスキルの幅を広げたいなって。専門分野で仕事をしていると、自分のスペシャリティの部分は仕事をこなしながらでも磨かれていきます。でも、それはあくまでもスペシャリティの部分だけであって、すべてではない。例えば顧客が銀行業のお客さんの場合は資金調達に関する本を、それこそ一日に一冊ペースで読んで勉強することもできる。ひとつのプロジェクトで携わったお客さんの業種や機能について、経理担当の方を相手にする場合には経理業務、人事担当の方を相手にする場合には人事業務について深く勉強する。でもそのやり方がどんなときにでも通用するわけではありません。例えば広告業務を担当している方を相手にする場合、つまりそれまでの自分のキャリアの中でそれほど深く接したことがない分野の方と話をする場合に、付け焼刃の勉強では深い話しはできない。つまり相手の立場とかが十分に見えていない状況で仕事を共にしていかなくてはならないわけですよね。もし相手の職業に精通していたら、もっと効率的で効果的な意見交換ができるし、プロジェクト自体も良くなるはずです。ではどうするのかと言えば、寝る時間を削って時間を割いて勉強する?

 でもこれまでも十分時間を割いて仕事に打ちこんできたわけですからこれ以上は無理だなって思ったんです」

 そして留学を決意する。しかし、実はこのときが初めての留学ではない。大学時代に一度、1年間のアメリカ留学を経験している。

海外に出てみたことで世界の見方が変わった

 慶応大学法学部政治学科。3年生のとき手嶋さんは、ゼミでアメリカ政治について研究していた。

 「驚いたことに、ゼミのメンバーのほとんどが海外生活経験者だったんです」

 生まれ育った福岡県で高校時代までを過ごし、大学進学と共に東京へ。海外はおろか、高校時代まで福岡から外へも出たことがなかった。

 「ゼミの仲間が特別だったのかも知れませんが、海外に行ったことのない自分が、実はマイノリティなんだって、あのとき初めて気付いたんです。そもそもアメリカ政治を研究対象にしているのにその対象国を見ていないのはいかがなものかと。それで意を決し1年間の留学に踏み切ったんです」

 大学4年生の時に休学してアメリカへ。アメリカでは一般教養科目も含め、主にアメリカ政治について学んだ。

 「そもそもアメリカ政治を研究対象にしようと思ったことに、それほど強い思い入れはありませんでした。ちょっと興味があったから。それでも、結果的に海外生活を経験したことで、成長できたと思っています。それまで自分は、日本対世界というひとつの軸しかなかった。それがアメリカで生活してみてそうじゃないなって思うようになって。それは対立構造ではなく、日本も世界に星の数ほどある国のひとつに過ぎないと言うことです。そう考えると国際化という中においてもっと柔軟に世界を見ることができるようになったんです」

「今の自分が学ぶなら、アメリカではなく英国」だと思った

 留学先はアメリカではなく英国に。

 「大学時代はアメリカ政治を研究して、実際にアメリカで学んでみて、就職先はアメリカの企業でした。ちょっと待てよ、と思ったんです。あまりにもアメリカに偏りすぎているのではと。よく日本人は『外国では……』と語るとき、その外国とはアメリカのことを指す場合が多いですよね?でもそれではこの先偏った見方しかできなくなるんじゃないかって思ったんです。確かにアメリカにはさまざまな人種が集まってきていて、一見グローバルな環境が用意されていると思われます。でも実体としては、『右向け、右!』です。郷には入れば郷に従え的な社会で、全員がアメリカナイズされています。非常にドメスティックですよね」

 英国を選んだ理由のひとつに、英語圏であったこともある。そして、もうひとつの理由。

 「ヨーロッパの国って、それぞれがとても小さいでしょ。すると自分の国だけで発展しようと思ってもうまくいかない。周りの国と貿易するなどして手を結び一緒に発展していく方法を選ぶんです。当然、母国語だけでなく複数の言語を話せる人も多い。インターナショナルな人が溢れていますよね。他国の文化を受け入れる素養がある。実際に私の通ったLondon Business Schoolも、英国人は2割くらいでそれ以外は外国人でした。そのことだけでも刺激的です」

真のグローバリゼーションを体感

 「さまざまなバックグラウンドを持った人種が集まり、一緒に学ぶのって本当に面白いですよ。それぞれの国の常識やものの考え方がバラバラですから。例えばグループ・アサインメントって、グループごとに評価を受けるアサインメントがあるんですけど、妙に協調性のない人がいたり。例えば私のグループにいたロシアの友人は、約束事を守らない。人間的にはいい人なんですが、プロジェクトを共にする場合には、妙に信頼性が欠けてしまう。私が出逢った個人だけで国民性を決めつけてしまうのはいけないことですが、ある部分、国民性が出るような気もします。ひとつのアサインメントをこなすのは時間的にもとても大変で労力が必要です。人間って追いつめられると地が出るじゃないですか。グループでやっていて、初めはみんな協調性を持ってスタートしても、追いつめられるとつい国民性が顔を覗かせる。これは実際のビジネスでもあることですけど」

 留学期間は2年間。1年目はビジネススクールのフレームワークに沿って広く浅く学ぶ。そして2年目は選択科目を取って専門的に深く学び研究していくのだが、手嶋さんはむしろさまざまな研究テーマに手を広げた。

 「そもそもの留学動機が、『どうしてもこの分野の知識を深めたい』というわけではありませんでしたから。興味のあった企業戦略、マーケティングなど複数のことを研究しました。また企業合併にともなう組織変革の事例研究、製薬会社のマネージャーの行動分析といった実地調査や、米国系出版社に対しアジア進出のフィージビリティスタディおよび進出コンサルティングなどのプロジェクトを行いました。留学したことで目標通りに知識やスキルの幅も増えましたが、やっぱりそれらを十分に活用できるかは実際のビジネスの現場に入ってからです」

最高の選手ではなく、最高の監督に

 「英国でビジネスを学び、帰国してからしばらくベンチャー企業でコンサルティングの仕事をしました。その際、留学して得た知識は直接役立っていたのですが、それはあくまでもひとつひとつのスキルなり知識が役立ったということで、帰国してしばらくすると、やはり同時に複数の知識やスキルを活用する必要性を感じました。ひとつのプロジェクトを完遂させる際に、さまざまな観点から最前の方法を模索して意志決定をしなくてはなりません。もし私が銀行マンでトレーダーとかをやっていれば、資本市場の仕組みだけの知識があればいいでしょう。でも、実際に会社全体のことを考える立場になったとき、もっと広く浅い知識も必要なんだと実感したんです。以前は組織や人事といったことにはそれほど興味はありませんでしたが、やっぱり会社は人ありきなので、会社を成り立たせているすべての要素について、知識を持ち意志決定をしていくことが必要だと思いました」

 最近、日本でもジェネラリストではなくスペシャリストを育成する考え方が主流になりつつある。広く浅く何でもこなせる人材ではなく、あるひとつの専門分野に突出した知識やスキルを持つ人材の育成。それらのスペシャリストが集まった企業体への熟成−−この点から考えると、手嶋さんの考えることは時代を逆行しているようにも見える。しかし、実際には違う。

 「仮にスペシャリストというならば、僕はピッチに立つ選手としてではなく、ベンチでゲームの行方を観察し、最前の方法をつねに模索する監督としてです」

 仕事で最高の結果を残すために、ビジネス全体にまで着眼し、その圧倒的などん欲さで知識とスキルの幅を広げていった。そして、2年前に現在の(株)デジタルフォレストに入社し、取締役副社長に就任。経営者の立場となった。なるべくしてなったかのように。その点については、

 「自分の考えていたこと、やってきた経験が上手くはまっただけです」と謙遜する。

 「ただ、経営者の立場である以上、社員のことを考えなくてはなりません。その分の責任も当然のこととして感じています」

 元来、キャリアプランは立てない。だからといってそれは、将来への展望がないこととは違う。

 「国際舞台で勝つこと、そういう会社になればいいと、今はそのことのために全力でトライしています。現在、会社は社員の1割が外国人なんです。やっぱり日本人だけだと閉鎖的な組織になりがちでしょ。それに、日本という環境だけでソフトウェアをつくっていっても、国際舞台では勝負できませんから。国際環境で勝つためには、ひとつに良いサービスがあること。そして柔軟な発想で事業を展開すること。世界を広く見渡して、最良の手を打つ。そういった価値観を持てた意味でも、英国に留学した経験は役立っていると思います」

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手嶋進(テシマススム)さん
(株)デジタルフォレスト取締役副社長
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留学先: London Business School
プログラム名: MBA Programme

手嶋さんのプロフィール年表

1988/3

慶應義塾大学法学部政治学科卒業(同大学在学中に1年半休学し、アメリカThe University of Colorado at Denverにてアメリカ研究を履修)。

1998/4

アーサーアンダーセンアンドカンパニー(現アクセンチュア株式会社)に入社。主として業務プロセス設計、システム開発、プロジェクト管理に携わる。

1993/7

London Business Schoolに入学。

1995/9

同ビジネススクールで経営学修士(MBA)取得後に帰国。 シーアイエス株式会社(現ソニーグローバルソリューションズ株式会社)に入社。入社時年商8億円(社員32名)から54億円(同160名)へと成長する過程で一貫して同社の経営幹部として参画。特に後半4年間は顧客向けプロジェクトだけでなく経営的観点から同社の組織運営に注力。

2004/3

株式会社デジタルフォレスト入社し、同月取締役副社長に就任。

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